みのむしクリップ
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たまには趣向を変えて小説的な物を記載します。
すべてフィクションで脳内劇場での出来事を記述した物です。現実社会のいかなる人物、団体、建物、企業名などとは全く関係がありません。
時はとある時代、今で言う神奈川県の浦島海岸を太郎青年が歩いていた。
春も近い海は、やや荒れていて、魚もさっぱり。
こんな波の強い日は、海岸にきれいな貝が打ち上げられているかもしれないと、見回しながら歩いていると、遠くで何やら地面を蹴っている若い衆3人がみえた。
「おーい、おまえ達そんなところで、何やってんだ。」
そう言いながら、三人衆に近づく太郎。
ふと足下を見ると、砂の中に何か埋まってる。
「なんだこりゃ。」
その太郎青年の言葉に、三人は口をそろえて言う。
「カメだ。」
バッチリなタイミングで、歯切れがいい。
太郎がしゃがんで、砂をほると、二尺ぐらいのカメの甲羅が現れた。
「で、おまえ達、何してんの。」
「みりゃわかるだろ。蹴り上げてイジメてる。」
なぜカメを締め上げる必要が有るのか、それが知りたいと思いながら、カメの方を見ると、腹の下に何やら黒い箱が見えた。
ひょいっと、カメをひっくり返す太郎青年。
「あっ、ダメですって。」
面妖な事にカメは人の言葉を話した。
さらに驚いたことに、さっきの三人が一斉に黒い箱を抱えて走っていった。
「ああ、持っていっても良いから、後で箱だけ返して。なくすと怒られる。」
そう言いながら、カメが手足をバタバタしている姿は滑稽だ。
「もう、見てないで戻してくださいよ。」
必死に首を伸ばして、地面をつんつんしながら、カメは言う。
浦島青年は面倒くさそうにカメをつかみながら、
「それ、自分で戻れないの。ひっくり返ったら、おしまい?」
「基本的に陸に上がることはそんなにないので、ひっくり返ることもありません。ひっくり返った時は、87%の確率で乾燥食材になります。」
カメは答える。
「やけに具体的だねぇ。」
浦島青年は、カメを戻した後、さっきの顛末について聞いてみた。
「ところで、あの箱は何だったの。」
「ああ、あれは玉手箱ですね。」
カメは目に入った砂を取ろうと、目をパチクリしながら答えた。
「ああ、あれが悪名高い、玉手箱か。」
「あれ、 ご存じで。」
「悪名高い玉手箱、けむりを吸えば五十は老いて三日で死亡、そんな歌があるぐらいだ。」
「それはひどい。まあ、良いものではないですが。ただ、あの箱返してくれないと、困るんですよね。」
カメは、箱を持ち去った三人組の方を向いて、後を追おうとした。あまりにものろい。
「おいらが取り返してこようか。」
「それは助かります。」
と、はなからあまり探す気が無かった感じて、カメは海の方に向き直り座った。
座ったような姿勢に見えた。
「おいら太郎。ところで、おまえさんは?」
「へい、カメと言います。」
「そりゃ見りゃぁ解るよ。猫にでも名前がある昨今、名前は、ないのかい。」
「名前がカメです。千年前からカメ。」
「まあいいか、じゃ、ちょっくら行ってくる。」
カメを残して太郎青年は、三人組が消えた方に向かって歩いて行くと、宝箱は開けられたまま捨ててあった。
ひょっとして、開けた瞬間、消えてしまったってことは無いだろうなと、太郎青年は思いつつ、箱を拾ってカメのいるところまで戻ってきた。
カメは目を細めて、眠っていた。
コツンと、箱を甲羅にぶつけてカメを起こす。
「すみません。陸に上がったときは、浜辺で小一時間、甲羅干しならぬ日光浴が習慣でして。あっ、玉手箱ありがとうございます。これで戻れる。」
「おう、そりゃ良かったね。」
海辺に戻り始めたカメを見ていると、カメは停まり、やがてゆっくりと向きをかえて言った。
「これも何かの縁ですし、竜宮城に行きませんか。」
「おや、おいらを客引きする気かい。 嫌いじゃないよ。」
軽いノリの太郎青年。
「太郎さん、たいしたもてなしも出来ませんが、一泊二日の竜宮城ツアーにご招待致しますよ。」
「五十年の間違いじゃない。」
「そんなにいたら、体が保ちませんって。通常は滞在日数分の若さを対価にもらっているのですが、今回はサービスしますよ。その代わり時間は短いのですが。」
「若さが対価とは。」
「はい、陸の人の若さ一日分が、海の生き物の1年分の若さになるのですよ。陸の生き物は日の光を浴びて元気ですから。」
「なるほど、ビタミンDで、ファイト一発って感じだね。」
太郎青年は、カメを海まで運んで、カメの甲羅にまたがった。
「はい、じゃ、行きますよ。」
「はい、戻ってきた。」
「早いね。パックツアーの様に展開が早いね。」
「一泊二日の旅なんで、コンパクトなんです。」
「で、あれかい。今日は江戸の元禄じゃなくて、いきなり平成って展開かい。」
「それを言うなら令和ですって。今日は出発の翌日です。若さをもらうのに時間も経過したら、ボッタクリですから。むしろ時間を戻しても良いぐらい。今回はそれも無しですし。」
「でも、ホントあっという間だね。そのなんだ、遊んだ気がしない。」
「遊び疲れを後に残さない。それが竜宮の良いところなんです。」
「乙姫さんの記憶も薄いし。」
「思い出って、それぐらいが良いんです。一度目はかすかに記憶に残る程度、二度目は会話をしてお気に入りになり、三度目から常連に。飲み屋街の鉄則じゃないですか。」
カメは、長いヒレで太郎青年の背中をバシバシたたきながら、そう言った。
「では、この辺で。次回のご利用もお願いしますね。それと、」
カメは意味深に言葉を切って告げた。
「はい、これ。玉手箱です。」
「それは、いらない。」
あっさり言う太郎青年。
「いや、受け取ってください。これは海に行ったときのルールみたいなもので。」
「それを開けたら死んじゃうんだろ。」
「ああ、それを気にして。」
カメは何から話そうが考えているうちに、心地よい日差しに目を細めて、甲羅干しを始めた。
「脈絡もなく、寝るねぇ。」
仕方が無く、太郎青年が浜辺を見ると、ぼんやりと海を眺めて座っている老人がいた。
太郎青年の気配を感じてか、薄目開けてカメが答えた。
「あれは隣浜の太郎さん。彼も良いお客さんでしたね。」
「ええ、あんなによぼよぼってことは、そうなるまで若さを吸い尽くしたってこと?」
「滅相もない。そんなコトしませんって。彼は、30年前に何度かお連れしました。」
カメは小さなあくびを一つ。
「ほう、そんな昔。」
「みんな生活しないといけないから、遊んでばかりもいられません。皆さん、海の宴会は若さで買えるけれど、日々のご飯は若さでは買えませんから。」
「なるほどね。」
ここで太郎青年、ふと疑問に思った。
「この玉手箱、あの太郎さんにも渡したんだよね。」
「はい、決まりですから。毎回お戻りの際に渡していました。」
「太郎さんは、玉手箱をどうしてたの。それに三人組は、なんで玉手箱を奪って逃げたの。」
ああ、やっぱりそれを質問するかというように、前足のヒレを立てて立ち上がった。
「面倒な事は嫌なんで、あんまり話したくなかったんですけど。」
と、カメは前置きをして話を続けた。
「陸の生き物には、さほど害はないのですが、玉手箱の中には、海の生き物のいらなくなった時間というか老廃物が入ってるんです。」
「へー、それだけ聞くと害がありそうだし、なんかやばそうだね。」
カメは座り直して続ける。
「ほとんど気体なんですが、海の生き物が、陸の人の”若さ”を吸ったときに出る特別なもので、海の底にも捨てることが出来ません。それでね、陸にでてから、ヒモを引いてね。さっと逃げる。30分離れて放置してから、箱を回収して海に帰るのが、私の仕事です。」
「でもそれって、危なくないのかい。」
「大丈夫ですよ。空に広がって、日の光で分解されてしまいます。ただ、私たち海のモンは、限られた者しか陸に上がれないので、仕方が無く私がやってるんです。」
「じゃ、自分でやれば良いじゃないか。」
「意外と大変なんですよ。ヒモを引くのも、逃げるのも。だから、乗っけた人にやってもらっていたのです。」
「じゃあ、三人組から玉手箱を守っていたのは、何だったの。」
「ああ、あれは、乗せた人に玉手箱を差し出したら、その人、顔を蒼くして、砂浜に埋めて逃げてしまったんです。私がそれを掘り起こしていたら、三人組に見つかってしまいました。彼らに渡すと、箱をどこかに置き去りにするので、探すのが大変なんですよ。」
なるほどねぇ・・・って思いながら、おいらはふと思った。
なんで、人によって、そんなに反応が違うんだろ。おいらは埋める派だけど。
そんな戸惑いに気がついてか、カメが説明を始めた。
「この玉手箱、一つ問題があって、玉手箱の煙、お色気がすごいんです。」
「へっ?」
「もう、かぐわしいというか、甘い匂いというか、人間の五感をくすぐるらしいですよ。カメには分からないですけど。」
「ひょっとして、乙姫さんの色気ですか。」
乙姫って魚だと、やっぱりリュウグウの使いかなぁ。あの艶やかさ。
「乙姫様は、ウミウシなんで、そんなに老廃物を貯めませんね。文様が鮮やかでしょう。もう、海の宝石ですよね。あれ、なにテンション下がってるんですか。」
「でも、そんなに『いいもの』なら、玉手箱で寿命が尽きるみたいな話は、出ないと思うのだけど。」
「多分、予想ですけど、人は、いい話は他の人に秘密にしてしまうんですよ。きっと。」
なんだかカメらしからぬ世界観だな。さすが千年位置来ているだけのことはある。
ふと気がつくと、隣浜の太郎さんが、年にふさわしくなくえらい勢いで駆けてくる。着いたと思ったら、カメにすがりついてきた。
「カメさん、もう一度だけ、わしを竜宮に連れて行ってくれ。そして、お土産の玉手箱を!!」
「無理ですって、あんたから若さは吸いにくいし、年にも無理があるし。」
「もう一度だけで良いんじゃ。もう一度だけで。すっかり忘れるから。」
「前もそう言って、全然忘れてないじゃないですか。とにかく倫理的にダメなんですって。」
諦めきれない隣浜の太郎さんはカメにしがみつく。カメを助けようと、隣浜の太郎さんを引っ張ってみるが、老人と思えない力で、カメに食らいついて離そうとしない。片手に玉手箱を持っていては、力も出ない。
と、一瞬、隣浜の太郎さんは、こちらを見た。次の瞬間、カメを放し玉手箱にしがみついてきた。驚いたが、そんな老人の必死さをみて、玉手箱を手放してしまった。
「あ、太郎さん、それ渡しちゃダメ。早く開けて廃棄して!!」
隣浜の太郎さんは信じられないスピードで走っていった。
「なんか、あんな必死なの見てると、もう渡して良いかなって。」
「ダメなんですよ。規則違反だし、あの人もう何回も破ってるんですから。それに、箱を取り返さないといけない。」
そう言うカメの甲羅をポンポンとたたき、
「まあ、箱はとってくるから。でも、玉手箱大人気だな。こんなに人気なのに、聞くのは何で悪い噂ばかりなのかな。」
箱を取り返してもらえると聞いて、ほっとしたのか、カメは浜に伸び、語った。
「みんな快楽を求めて竜宮城に行き、玉手箱をもらって余韻に浸る。それ自体はほとんど害がないんですけど、現実に戻ったときにムダにした日数を悔やむ。呆けていたわずかな時間ですけど、それでも現実と差が出てしまう。そして、また竜宮城を探してしまう。と、リピーターさんは、この繰り返しですね。」
「でも、基本、年をとったりはしないでしょ。」
「はい、時間は少しですから。ですが、辛い現実に戻ったときに、楽しかった事を思い出して幸せになるのではなく、なぜか人は憎むんです。現実が辛いほど、『竜宮城のせいだ』、『玉手箱が悪い』と。それで最近は少し嫌われ者です・・・。」「あんなに求めていたのに、それは一種の反動ってことか。手に入らないと、途端に、無いものにしたくなると言う。」
「そうなんですよ。悪名高き竜宮城ってところです。」
「なるほどね。身の丈に合わない人生は破綻を招くから、次あっても知らないふりをするね。」
「あっいや、太郎さんは大丈夫だと思うので、気が向いたら、ぜひ、また来てくださいよ。」
そう言って、カメはヒレをバタバタと動かした。
「それと、箱拾ってきてください。」
カメだけは、いつもかわらず、平常運転な日常だった。
fin.