小説 : あけちゃだめぇ。

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みのむしクリップ

主に電気関係で仕事をしてきたけれど、気が付いたとき、日本の電機の会社ってほとんどなくなっていた......... そんな需要のない今を 日々生きています。

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春は、世界中でいろいろあって、出会いの季節も過ぎてしまった。
6月が新学期のスタートのような感じなので、出会い系な物語を書いてみました。
いつものように、完全に想像上の物語で、現実世界の様々な事象とは関係がありません。
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■■■ あけちゃ、だめーぇ!! ■■■

「まじかー。中に入れないのかー。」
夏休みに改修工事をやっている学部の建物の前で、女の子がつぶやいていた。
どうしたのか聞くと、沖縄の校舎から研究のために東京に上京したらしい。
生物科学イノベーション学科、と言えば今風だけど、水産系生物や発酵、環境調査、食品加工なんかに就職する人が多い学部だ。
学部棟で寝泊まりするつもりだったらしく、ホテルの予約はしていないらしい。
「リサーチ不足だったわぁ。去年は泊まれたから、何にも考えてなかった。」
そう、おおらかに言う。今夜泊まる場所がないのに、割りと平気みたいだ。
沖縄出身者は小さな事は気にしないのかな。
大きな帽子中に小さく収まった顔が、こっちを見上げている。
幼顔で可愛い。ぷっくり膨らんだ唇にちょっとドキッとした。チャンスか?
「じ、じゃ、取りあえず、俺のとこにくる? 」
まずい!!、ちょっとかんだ。
でも、こちらが意識している事を気にせず、彼女は答えた。
「あー、それ助かるわ。移動でお金もないんだわ。」
そんな始まりから、中村千鶴と名乗る彼女と、まずは食事をすることになった。

彼女は沖縄校舎の話や発酵は温度が大事とか、温度的には沖縄最高!!とか、好きに話始める。こちらの反応なんてお構いなしだ。マイペースなヤツだ。
東京には発酵の実験を行いに来たと言った。
沖縄に住んでいるのに、酒は強くないらしい。
「沖縄人は酒好きっていうのは、偏見ですから。」
そう笑いながら言う顔は、可愛かった。
家に着く頃には会話も弾み、Hな期待も高まったけど、彼女の方はあっさりしていて、
「じゃ。先に休むので・・・開けちゃダメだよ。また明日。」
彼女はそう言い、いつもは物置に使っている部屋のドアを閉めた。
それから、3日。3日間何もない生活が過ぎた。3日だぞ。
ちょっとは、こう・・・何というか、夏の思い出的な展開になっても良いじゃん。
毎日、期待度MAXなのに・・・、何も無しかよ・・・。
全く残念な事に、俺の人生はこれぐらいのイベントでは、びくともしないらしい。今までの宿命が変わる予感すらしない。
だいだい、俺がいる時間に彼女は、部屋から出てこない。
俺がバイトに行っている時に、部屋から出てきて何かしているらしい。
姿を見たのは、初日だけ。
『完全に嫌われたか、警戒されてる??』
さすがに3日目だと、気にもなる。中でなにかは、しているみたいだけど。
何をしているのだろう。
「きゃ。」
そう思っていたら、部屋の中から少し大きな声がした。
「どうした、大丈夫か。」
わざとらしく声をかけて、部屋のドアを開けた。
開けた部屋には、大きな半透明のビニールがかかっていた。なんだ、これ。
ビニールをめくって、部屋の中に入ると、白い大きな防具?をつけた物体がいた。と言うか、それが彼女だった。
「入っちゃダメ!!」その声で彼女だと気がついた。
彼女は、慌てて俺の横を通りすぎで、開けたドアの方にかけていき、スプレーみたいな物を吹きかけながら、ドアをしめてビニールシートを閉じた。
その様子を黙って立って見ていた俺に、彼女はつぶやく様に
「開けちゃダメって、言ったでしょ。」
と静かに言った。
「いつもは落としたりなんて、絶対にしないのに・・・」
数日前の印象と違う。かなり低調だ。そうして、淡々と今、やっていた事を静かに語り始めた。
おおよその顛末はこうだ。
彼女は沖縄の海で、マイクロプラスチックの分解する方法をテーマにした研究を手伝っているらしい。紫外線で劣化したプラスチックを枯草菌を利用した方法で徐々に菌糸をプラスチック樹脂の中に張りめぐらし、プラスチックを分解。菌自体は48時間後に分裂寿命が過ぎて消失する。菌を単純な化学処理だけで増やせるので、実用化の可能性が高い・・・その一歩手前の段階。まだ、いくつかの問題も残っている。それを今年、東京で仕上げる予定だったらしい。
「海水への耐性は改良が大変だったんだけど、やっと克服できて後もう少しって所だから、ここで実験しちゃった。」
それは大分思い切ったな。
「でも、そこにかかっているプラスチックシートや、この防護服は分解できないの。全部じゃないんだぁ。まだまだ学生の研究だからぁ。」
なんか、彼女の様子がおかしい。
「綿なんかも分解されるから、今はプラスチックだけに限定するように改良中・・・・。」
「なんか、ろれつがおかしいんだけど。」
彼女はかまわず続ける。
「それはねぇ。綿を分解するとね、アルコールに変わるから。」
そういえば、ほんのりと甘いアルコールの香りがする。
「ちょっと、君。酔ってる?」
「酔ってませんよぉ。」
完全に酔ってる。そういえば、なんかシャツがヌルヌルして、日本酒の様な臭いがしてきた。
「とにかく、このまま外に出たら、外の物も分解されちゃうからぁ、48時間は中に監禁? あっ、あたしも監禁されちゃうって。」
「えっ、48時間って。」
「そ、48時間出ちゃダメなの。」
「トイレとか、食事とか。」
「それも、ダメーー。それに、ほら。もうベタベタしてきた・・・元が納豆なんですよ。」
「はっ!! へっ!!!!!!」
自分の体を触ると、ぬめぬめしてる。
「だから、トイレしたくなったら、このままここでして・・・そして、」
彼女が抱きついてきて、二人で床に倒れた。
「その排泄物を元に、・・・菌がまた元気になっゃうの。」
変態か。そんな事態、想像もしたくない。
「でも、それって良いんだよー。菌が包み込んでくれるって言うか、菌という一枚の布に閉じ込められる・・・みたいな?」
「変態だな。それ変態だよ。」
「でもねぇ、ほらぁ。もう端から溶かされてるよー。」
そう言うと彼女が僕のシャツの下に手を入れた。手はシャツを素通りして簡単にちぎれてしまった。
「ねえ・・・もっと、ドロドロしようよ。私、こう言うの好き。」
彼女はかぶっていた防護面を取った。ほんのりと赤い顔をして、何というか官能的だった。
「それ、脱いでいいの。」
「ほんとは、ダメだけど、君だけじゃ悪いし、どのみち外には出ちゃダメだから。」
そう言いながら、防護服の上を脱ぐと、なんと彼女の何も着ていない姿があらわになった。
「えっ、ちょっと、は、裸なんだけど。」
「あぁ、これは、シャツ着てると溶けちゃうから、ね。どうせ君も裸になるしぃ、ちょうど良いよぉ。」
彼女はそう言いながら脱ぎ続ける。服が溶けてしまった俺の上半身と彼女の体が触れる。やばい、まだそういう体験もないのに、かなりいきなりな展開だ。
「ああ、いいね。男の人とこういうのって、初めて・・・なんかよく解らないけどテンション上がる。ジーパンも溶けてくるから、もっとドキドキするねぇ。初めてだから優しくしてぇ・・・なんて。泊めてもらって、返してないから、からだでぇ返すとかぁ。あっ、千鶴が返すから、ちずるのおんがえし・・・。」
混乱している俺にお構いなしに、だらだらしゃべり続ける。
ジーパンが溶けだして、ダメダメの低反発スポンジみたいになってきた。
俺の上に体を重ねる彼女は、意外と軽くて小さい。女の子なんだな・・・とか、そんな事より、やばい。このまま男女の関係を持っても良いのか。そうこうする間に、どうすることも出来ないまま、硬直していた。
彼女は彼女で、酔っ払い、そのまま睡眠モードに突入していた。


■[挿絵]挿絵提供 : [mdR.Daneel]

翌日、状況を理解した千鶴は、防護服の上着をかぶって体育座りのまま動かなくなった。俺は防護服のズボンの方をはき、お互い微妙な距離感で座って空腹に耐えた。
たまにおとずれる排泄行為は、試験用の容器を使い用をたしたけど、互いに見てなくても部屋の中で音は聞こえる。『アイドルはトイレに行きません。』って、女の子に対する幻想を結婚前に打ち砕かれる事になった。ますます、気まずい。
千鶴は思い出しては、一人でブツブツ言ってた。
一人なら防護服をかぶった状態で、殺菌スプレーをかけるとどうにかなったらしい。そこに俺が入ってきたので、外のドアを殺菌するのに使ってしまい、打つ手が無くなった。そう何度も繰り返してた。
考えると、このビニールシートに、すべてが守られている。
『ビニール最高じゃねぇ。』
そう言うと、千鶴がキレて、ぎゃーぎゃー言い出す。
1日半が経過した時には、菌の分裂回数が進んで、大分弱まっているけれど、
「綿は少し分解されるかも。」
と言う言葉で、時間が過ぎるのを半日待った。
二日が無事経過したあと、交代でシャワーを浴び着替えた。一息ついたあと、空腹を思い出す。二人で近所の牛丼屋に行くことにした。もう、2日もめしを食っていない。腹、空き過ぎだろ。

午前中の牛丼屋は、開店間際で空いていた。
「私、これ食べたら、行くね。」
アパートからスーツケースを持ち出した時に、それは判っていたから、そのままうなずいた。
なんとなく、もやっとする。
すごく短い時間だったけど、一瞬の出来事だったけど、結局、エッチな関係もなく、気まずさの中で終わったけど、やっぱり可愛いし、なんか引き留めたい気もしてる。でも、引き留める理由はないし。
沈黙を破るように千鶴が言う。
「わたし、実家が北海道なんだ。・・たから・・、夏だし戻ろうと思って。」
「そうなんだ・・・。実験は。校舎の改修が終わったら、また来るの?」
わずかでも、繋がりが欲しいな。でも千鶴の答えは、
「あぁ・・・、いや、今年はやめようと思う。」
そう言い、また食べ始める。
「あっ、」
千鶴が短くつぶやいた。
「部屋のビニールシート、捨てといてね。」
「あれ、そのまま捨てて大丈夫なの。」
「もう大丈夫。綿は、その・・・溶けてなくなっちゃうんだけど・・・」
正面を向いたまま、うつむいて話し続ける。
「ブラスチックは、分解されてセルローズ・・・あ、紙に変わるの。のびた菌糸が細く綿のように広がって、そのままちぎれて。後は自然に二次分解されるってわけ。だから、そのままゴミに出しても、問題はないよ。」
「そうなんだ。」
正直そこには興味は無く、隣に座っている千鶴の事が気になっていた。別れの時間は確実に近い。
「ちょっとね、羽根っぽくて、あっ、雪っぽくて、きれいなんだよ。」
千鶴は、かまいもせず、楽しそうに笑う。ほんと、自分の好きなことには正直なヤツだ。
「おまえ、そう笑うと可愛いよな。」
つい、思ったことを言ってしまい、そして千鶴も『はっ』として、また前を向いてうつむいた。
千鶴は続ける。
「あのさぁ、いろんな事があったけど、結局、泊めてもらったお礼もしていないし、ただ、ちょっと今は恥ずかしいって言うか、時間をおきたいって言うか。だから、9月の学校が始まる前に一度寄るね。その時にまた話そうよ。・・・家も知ってるし。森下君だよね。家の表札みた。」
横顔が、真っ赤だ。
「まってる。でもメールぐらいは教えてよ。」
俺がそう言い、すっかり冷えたどんぶりの半分を急いで食べた。
何気ない会話をし、千鶴を駅まで送った後、帰りの道は太陽の日差しが強く、うんざりする夏の一日が始まった感じがしたけれど、気持ちはそわそわしていた。
家に戻って、千鶴がいた部屋のビニールシートをめくると、表面に付いた菌糸が遮光していたのか、窓から入る光が強い事を再認識した。
ビニールシートを外しはじめると、付いていた菌糸が壊れてうすくはがれてきた。いくつかのかけらに分かれた紙の繊維は、ゆっくりと、そして部屋いっぱいに広がっていた。窓からの強い光を受けて、それは、まるで千鶴が残した羽根のように見えた。
羽根が舞う中に、あどけない彼女の笑顔を思い出していた。
Fin.

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