あがく、フラストレーション

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みのむしクリップ

みのむしクリップ

主に電気関係で仕事をしてきたけれど、気が付いたとき、日本の電機の会社ってほとんどなくなっていた......... そんな需要のない今を 日々生きています。

日本の定年って、55歳から65歳の社会に変わろうと動いている。
60歳定年で再雇用の会社もある。
でもその場合、一流の会社でも再雇用の年収は360万程度と聞く。
そのままリタイアする人も結構いるらしい。

65歳定年に決まり事を変えても、人というユニットは短時間で進化している訳ではない。体のつくりは昔と変わらない。
うっかり死んでしまうことが少なくなって、生存寿命が伸びただけ。
人はいつまでも若くは無く、45過ぎたら出来ない事が多くなる。
昭和時代の55歳定年から、人の能力は変わっていないのだから、55歳が今でも限界点だと思う。
55歳って、老眼になって、腰は痛くなり、膝も故障し出す。
力は衰えていく。
定年60歳まで働いている社会だけれど、全員が働けているわけでは無い。
故障も多いし、実質の労働指数がどこにあるのか、トレースされていないと思う。

働いている人もいるけれど、働けない人もいるでしょう。
職種でもすべて対応できるわけでも無い。

それなのに65歳まで、70歳まで、数字だけは提示されて定年を伸ばそうとする。
やめることはいつでも出来るから、解雇されずに働くことが出来るチャンスを与えることがその意図だと思うけれど、高齢者の自動車の運転が問題になっている中、行えるから居続ける事に正義があるのか、心配が残る。
反対に、55歳以上は定年期間として、いつでもリタイアできる仕組みと保証が必要だと思う。
保証がないからやめられない。
最近になって、「老後には2000万円必要」と、
年金では生きていけない= 生きる保証は出来ません宣言がされたばかり。
今更、マジかよ。
そんな感じだ。
一生、働くしかない。金がない。
小春日和の縁側で、
「おじいさん、お茶が入りましたよ。」
なんて、そんな場面はあり得ない。
茶なんて飲まないで、生きるなら、自力で死ぬまで働け。
そんな声が聞こえてきそうだ。

国が事業を行い、国民全員を養ってくれたら良いのに。
あり得ないと思うかもしれないけれど、そういう国も世の中にはある。
そこから見たら、いわば日本は破綻している国なのだろう。

で、ニートはどうするつもりなのさ、ということになるわけで。
『おじいさん、縁側説』じゃないけど、
ここで労働以外の線引きで分けたいと思う。
働いてお金を貸せぐだけなのか、今は過程で頑張っているどちらなんだい?
という線引きだ。

U-canのCMで見るけど、未来を見据えて学習、目標を持って学習って事があるけど、ちょっと待ってよ。
今働いているごとが、目標じゃ無かったの?
TVCM見ていて、普通にそう思うけど。
「この会社でXXXをやりたくて応募しました。」
そう言って、入社したと思うんだけど、違ったのかな。
別に嘘や間違いを問いただしたいわけでは無く、結局は生活の為に手早くお金を稼ぎたかったという事については、その事実があるだろうという話しをしたい。
『働く』の一つの理由は、お金のためだよねって事を共有したい。

そこで、どうせ働くなら、人の役に立ちたいとか、
本来の目的としての『フラストレーション』があるでしょう、と言う話し。

何かをしたいと欲求がたまっている人と、
そうではなく日々をただ生き続けたいという姿勢では違いがあると思う。
縁側でお茶を飲む毎日が幸せか、
別な事をして社会に関わっていきたいと言う事が幸せか、
そういう線引きがあるのではないかと。

だから、社会で求められているのは、ゴールとして引退する老後だけど、
現実にトレースする様に仕向けられているのは、ずっと働き続ける老後。

まったくこの相反する事が、社会で同時に要求される矛盾。


[なぜか区分けされる]
そこで昨年、日比谷公園で行われた某イベント中の出来事を一つ。
以前より公園を生活拠点と利用していた方が、このイベントの時に閉め出されていました。(ただ、その場面しか見ていなかったので、おじいさんが暴れたとかそういういきさつがあるのかは判らないので、この断片だけ切り取って、関係者に問かけるのは、誤解が多いのでやめてくださいね。と、私が断片的に切り取って都合の良いように使っておいて、注意を入れるという矛盾)
僕だって真面目に生きてきた!! 公園を使う権利がある。
そう叫びたいはずだ。
でもなぜか、「どこかに行け」と、説得されてしまう。

確かに、券を買ってワインの試飲グラスとチケットをもらうのですが、公園の利用自体に縛りはないかと思うけれど、入らないように説得されていた。
人はお天道様の上では、平等じゃないの・・・・?って平等は、真っ向勝負っていう平等であることを思い出す。
そもそも、私も戦うことが嫌いだから、社会では負け組で生きています。

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