宝くじという、届かない希望について

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みのむしクリップ

みのむしクリップ

主に電気関係で仕事をしてきたけれど、気が付いたとき、日本の電機の会社ってほとんどなくなっていた......... そんな需要のない今を 日々生きています。

仮想と現実を区別する概念
脳は仮想も現実もどちらも区別はしない。ただ『心地よい気持ち』をもとめている。仮想と現実を区分けしてるのは、区分けしないといけないと思っている自分の概念でしかない。自分のいる位置が現実で無くてはいけないという、精神的な縛りが存在するだけなのだ。

宝くじは、買った瞬間はとても気持ちが高ぶる。
抽選日まで持続するけど、結果を見たところで、元の世界に引き戻される。
まあ、大体が当たらないから仕方がない。
ただ、自分の精神がそんな外部の『物』に左右されていることを知る瞬間でもある。
天国も地獄も、そう思わせるきっかけが仮想社会の一歩になる。

状況が変わると、全く別なことを思うことだってある。
それは、宝くじが絶対に当たってほしくないとき。
この宝くじは外れていてほしいと思いながら、番号を確認する。
・・・そんな時がたまにある。
引き換えの期間を過ぎてしまった宝くじの番号を見るとき。

当たっていても何も変わらないから、見ずに捨てるのが正解だけど、
見てしまうよね。当たってたら、最悪な気持ちになるのに。
見てはいけない開かずの間を見てしまうような気持ち。
最悪という苦境の状況は、欲求や欲望の先にある。

仮想と現実を区別する概念
脳は仮想も現実もどちらも区別はしない。ただ『心地よい気持ち』をもとめている。仮想と現実を区分けしてるのは、区分けしないといけないと思っている自分の概念でしかない。自分のいる位置が現実で無くてはいけないという、精神的な縛りが存在するだけなのだ。

新年を迎えても、全くわくわくしない。
時間の経過に対する不安の方が強くなる。
生きがいを感じる仕事もなく、お金に余裕が無いからだ。
お金と生きがいを感じる仕事は、生命力に変換される。
フレミングの左手の法則だ。

[左手の法則]

お金と社会的に必要とされていないと、親指を立てて
「グッジョブ!!」と叫べない。
生きる力につながらない。
必要とされるようになるためには、必要とされるパーツに成長しないといけないけれど、社会の中でとんがったモノになれる手段が少ない。
いや、とんがったモノになろうとしていたけど、状況からうまくいかなかった。
一生、一つの仕事に集中できれば、多分変わったとも思う。
何人かは専門的に仕事を続けていけるが、すべてがその運命の基にはいない。
専門職で胸を張れないから、生きる原動力が乏しくなる。

世界が壊滅的にダメージを受けても、生きる力を得られれば生きていけるし、裕福でも希望を失えば死んでしまう。
結局、自分がどのぐらい『しあわせだ』と、だまされるかという点にかかっている。仮想的に金持ちになると、おなかが減ってもわくわくする。
あなたはこの世界にオンリーワンなんですよ。って言われてもわくわくする。必要とされているみたいで。
社会の幾人かは、それで、結構満足が持続する。
でも、ニートは違う。
『何か変だ』という事に勝手に気がついているので、何をやってもすぐ冷めてしまう。
カードや仮想通貨で、自由に使えるお金が増えますよ、とか言われても入金が乏しいから、現実に戻される。
「オンリーワンのあなたに」
と言われても、もともと中二病でオンリーワン期は過ぎていて、「ナンバーワン」じゃないと社会に選ばれない、優位性序列社会に直面した経緯を経ているので、ボトムラインを超えられない悲しみは理解している。

「心地よい」が仮想空間で、
「最低の繰り返し」が現実社会
そんな概念が根付いてしまう。
一発逆転は、何億分の一の確率の宝くじにしかない。
それこそ、平等に降り注ぎ、億万分のチャンスをくれる神の啓示。
他力本願。自力(磁力)では、無理なんだ。

自分をだませないというよりは、ただ前に進む夢自体を失った感じなんだ。

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