ひとけのない場所

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みのむしクリップ

みのむしクリップ

主に電気関係で仕事をしてきたけれど、気が付いたとき、日本の電機の会社ってほとんどなくなっていた......... そんな需要のない今を 日々生きています。

肌寒い春の日差しの中、
高い空に飛行機が飛んでいる。
「広島では朝、ああいう風に飛行機を
見ていたら、原爆が炸裂したんだろうなぁ」
そう思う瞬間、自分は死んでいたと考える。

今の時代はミサイルで、
音速を超えてくる物体に気がつかないまま、
音もしないうちに
一瞬で蒸発してしまうのだろう。
とも思う。

仕事で一年以上広島に住んで、
2度の夏を迎えたけれど、
原爆資料館には行けなかった。

広島にある原爆ドームを夜歩くと、
そこにある人影だけで潰されそうになるし、
T字型の橋や、比治山の鉄塔にあるという
放射線の研究施設を思うとそれだけで
十分な気持ちだ。

こんな気持ちの時に周囲に、人はいない。
自分の周囲に人を意識することがない。
何もないところに、自分だけがいる感覚

一人だけの空間は、わりと好きだ。
誰もいない博物館
誰もいない科学館や学校

自分の周囲の空気の流れが、
止まったままの空間

多分、そういうことによって、
時間の停止を意識していると思う
誰もいない。

東北の震災以後、閉鎖された
「電気の資料館」
1時間に2~3人のグルーブが過ぎる中、
一日いたりする。

それは、発電機のローターの摩耗だったり
電灯だったり、鉄塔だったり、ケーブルだったり
使われていたであろうその時の時間が
停止したまま、展示されているから。

それは、閉鎖された「海の科学館」の
敷地にある「宗谷」だったりする。
動いていたであろうエンジンや通信機器、
その動きが止まったまま、そこにあるから。

それは、横須賀の「戦艦三笠」だったりする。
かつては、ここで誰々が死んだと、銃痕と共に
書かれていた。
確かにそこに人はいたし、確かに大海で
戦っていたのであろう。

夜になって見上げる月
人はあそこに行ったのかもしれない。

自分がいない時間を
そこにいたはずの人たちが埋め尽くし、
みえない空間を満たしていることを感じて、
直視が出来ない。

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