私の小鳥

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超私のりこ

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「JK文学」と評される乱暴な日常のキリトリが売りの第2期取締役。
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金魚に続き
今日は小鳥だ。

https://blog.neet.co.jp/2018/06/私の金魚/

(前回の記事です!)

小学生の時、
どうしようもないくらいに
妹か弟がほしかった。
このほしさ加減というのは
どんな表現にも現すことができないくらい
とてつもないパワーでほしかった。
誰かと争うものでもないけど
誰かと争う機会さえあれば
死ぬまで戦ったかもしれない。
魂が求めていたんだ。

しかし私は3度目の帝王切開で
未熟児としてギリギリでうまれた人間だった。
この次に生まれて来る子が
元気で生まれないだろうってことは
お母さんに「もう無理よ」と言われるまでもなく
本当はきづいてた。
だったら犬を飼ってくれ
と分厚い犬の図鑑をもってきて
迷いなくページをひらいて
これ!と気合いをこめて指してみた。
「うちはマンションだから飼えないよ」という
おきまりのセリフは
大人の社会がいかに陳腐な規則で
がんじがらめにされるかを知るだけの
サイアクのフレーズだった。

それだったら、と第三の提案に
親は仕方なく折れるしかなかった。
妹も弟もだめ、犬もだめなら、小鳥であった。

青くて綺麗なセキセイインコが
八百屋の前にある
近所でも臭いと評判のペットショップから
うちへきた。
可愛くって可愛くって
私はありったけの愛情をこの子に注ぐ誓いをたてて
さっそく交通事故にあった時の訓練を
うちの中でした。
私が生まれる前に一度だけ飼ってたというインコは
まちがって足で踏まれで死んでしまったらしい。
だから、もうそんな目に絶対に合わせないように
緊急時の訓練をしないといけないと思って
道を歩いて来た時にいきなり横から車がやって来たときという設定で
どう小鳥を守るか練習した。
小鳥を抱えながらでんぐり返りみたいなことを
何度もしたのだ。
そのたびに小鳥は怖がってブザーのように
けたたましく鳴き叫んだ。
私は「今が辛抱だよ」といって
チームワークを高めることに専念し、
訓練がひと段落したころ
スキンシップをとろうとすると
手乗りインコのはずのピーちゃんは、もう赤の他人のようになって
よそよそしく
手を近づけると血がにじむまで噛んだ。

ピーちゃんも、ぜんぜんなつかない、というアイデンティティーが
友達に大ウケで
私はなにかというと笑いのタネにして楽しんだ。

ピーちゃんは何かというと鳴いたし噛んだ。

自分以外の全てを敵だと思って生きるのって
どんなに孤独か
想像できない。

ピーちゃんは長く生きたが
やはりある日弱った。
病気になって、排便がちゃんとできない。
もうすぐ死ぬんだな、と分かった。
それから私は、心を入れ替えて
ピーちゃんに噛まれても撫でた。
人間って嫌な生き物だと思って
死んで欲しくなかったからだ。
するとピーちゃんはだんだんと噛まなくなって
うるさく鳴かなくなった。
ごめんねといつもいって大好きだよといって
いつのまにかピーちゃん
私の後をついて歩いて回るようになった。

ピーちゃんは予想より長生きした。
私はピーちゃんが苦しみながら死ぬ瞬間を
泣きながら看取った。
でも私がピーちゃんのを
防犯ブザーかなにかぐらいの存在としてみていた時間は
実に長かった。
世話もほとんどしないのに
ちゃんと生きた。
鳥かごには暗い方が小鳥が興奮しないからと
布をかぶせていたことがあった。

今でもたまに、布のかぶった鳥かごが
夢にでてくる。
布をかぶっているから
鳥かごやピーちゃんのことを私は忘れて
楽しそうにテレビをみたりお菓子を食べる夢だ。
何日も何日もそうしている夢。
でも私は、いきなり気がつく。
「そういえば私は小鳥を飼っているんだ」と。
そうして、カゴに一目散に走っていって
かかっているその布を
おそるおそるめくる時の気持ちは
世の中で味わう気持ちの中で
一番最低の気持ちだ。
私は生き物の存在をわすれて、
その生き物は、いま死んでいるのかもしれない。

そこでいつも夢が覚めるんだ。


大空へ。。。。!!

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