ロバート・キャパ写真集

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主に電気関係で仕事をしてきたけれど、気が付いたとき、日本の電機の会社ってほとんどなくなっていた......... そんな需要のない今を 日々生きています。
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ロバート・キャパの読書感想文では、ショッキング映像は無いと書いたけれど、当然、編集した人が採用していないことは判る。
彼がとった7万枚のネガには、衝撃的な写真も多くあるだろう。
でも、一般人には見せるわけにいかないし、伝えることも出来ない。
マンガ「sex」のカホと結ばれた少年は、沖縄から来た色の判らない子だった。
「ヤツには、おそらく血の色さえも、白と黒にしか見えちゃいないんだ。オイルと血の区別がつかない。」
色がない世界は、感情さえも無機に変えてしまう。
そんな気がする。

そんな静かな流れて、白黒写真は進むので、わりと好きだ。
自分でも白黒写真を現像する。
現像は割りと楽だけど、プリントするのは、今では少し難しい。
写真のバイトをしていたときは、白黒の引き伸ばし機があったので、使う事が出来たけれど、今はすべてが電子化だと思う。(折り込みチラシの写真とか、オフセット印刷は写真が使われたりしてた)
写真撮影、フィルム現像、プリント・・・と、写真は何回もの撮影を擬似的に行う。
被写体にレンズを向けた瞬間以外に、同じように撮影するような気持ちが何度も続く。それが白黒写真。
とにかく、とった瞬間は、どんな風にとれているのか判らない。
できばえを補正するように現像時間を長くしたり、プリントの露光時間や絞りを調節したり、そうやって一枚の写真が作られる。
でも、それは白黒の世界で、すべてが区別できているわけではない。
物事の善悪を含めて。

ロバートキャパがとった236点の写真が、掲載されている本を見つけて、図書館で借りた。彼が撮った写真の多くを私は知らないからだ。
年代別に並べられた写真には、戦場カメラマンなので、戦地の様子が映っているが、それ以外に人を撮った写真が多いことに気がつく。
ゲルダ・タローの写真はない。
戦争が終わって、悲しむ人、開放されて笑っている人。風景や建物だけの写真は少ない。本を作った人が意図的に選んだとは思う。
普通であれば、ゲルダの写真を使うだろう。
でも、1939年までのスペイン内乱の部分には、戸惑う表情の人達の写真が見られる。この戦いで、みんなが戸惑っていた時期だからかもしれない。
本の中には、知り合いのヘミングウェー、マティス、ピカソの写真も掲載されている。戦争では無く、戦争から離れた世界の写真。
正直、高校生向けの読書感想文に指定されている事を聞くまで、キャパについては、「ちょっとピンボケ」という和名のタイトルを書いたぐらいしか知らなかった。
写真家だと言うことぐらいは、勿論知っていた。それ以外の情報として、ほとんど知らないのだ。
写真も見たことはあるだろうけれど、白黒の戦争の写真は、どれも似たような印象を持っている。
広島のがれき、長崎のがれき、スペインやイタリアやフランス、その他の戦争で破壊された都市の姿に違いなんてあるのか。
何もない。ただ、それだけ。
その写真を見せられても、違いは見いだせない。
そこに人がいて、初めて相対的に感情を感じる。
がれきで笑っていれば、嬉しいのかもしれないし、日本人なら、どうしょうもない状況に自分が戻りたくて戻れないという曖昧な時に笑ったりする。「自分はなんておろかなんだろう」そう思ったときに、微笑むように泣き笑うと思う。
悲しいときに笑う日本人特有の感情と言うけれど、外国の映画でも、悲しいときに微笑みながら泣いているシーンを見る事がある。
そう、人の動きは、感情を表す。
その表現こそが真実で、正確に伝わる感情だと思う。
人という表現する対象があるから、それが伝わる。

ゲルダとキャパの始まりは、1933年頃に二人が出会ったパリから始まるが、ゲルダはキャパより3才年上で、もともと、『予約も取れない多忙なアメリカ人カメラマン、ロバート・キャパ』構想は彼女が考えていたらしい。
本によってはキャパ主導な書き方をしている物があるけれど、ゲルダの方が「どうやってビックになろうか」を先に考えていた様子を受ける。
だから、戦場にも行ったし、だから危険な前線にも行った。
ゲルダは死体安置所に入り、撮影をしたという。
戦争の犠牲となる結果、飛び交う飛行機、壊された建物、そして死体。そういう直球で刺激の強い写真を要求に合わせてとり続けた。ゲルダは、飛んでくる戦闘機もとり続けたという。
そういうゲルダのビジネス手法をキャパは学んだ。
しかし、両者が決定的に違ったことは、キャパは人物に注目した点だ。
人がどんな風に感じているか、いわばスナップ写真に近い報道写真を撮ったことになる。
これは今は当たり前で、インストグラムは人が写った写真が多い。
当たり前だ。写真の中で楽しげにしている写真は、そこがとても楽しいんだと言うことが判る。
しかし、キャパの時代は違う。
お金も無く、言葉もあまりわからず、24歳になっても4つの国で基本的な教育しかうけた経験の無かった彼にとって、お金がない時代はどのショットも数えるようにフィルムを無駄遣いしない様に撮らないといけない中で、人物のスナップショットをとると言うことは、勇気がいることだと思う。
今ではデジカメで無尽蔵に写真が撮れる。
風景を撮り、人物を撮り、そうやって細かに記憶を記録していくことが出来る。
一枚で表すことではなく、それはビデオのようにつながる写真の構成でもある。
キャパにそれがどこまで出来たのか解らないけれど、キャパはキャパなりにそういう手法を見つけていったのだろう。
キャパの座右の銘に触れると、
これは誰もが触れているし、解釈もそれぞれだけど
「きみの写真が十分に良くないとしたら、それはもっと近寄らないからだ。」
それについては、この本ではあまり触れていない。
私的には、”君の写真が十分に良くないとしたら” というのは、作品が良くないのか、満足に出来たと感じていないのか、そのどちらなんだろうと思う。
原文ではどちらの意味なんだろう。
『自分が十分に良い写真だと感じられないとしたら、思った感情を十分に写真として表現出来ていないからだ。』
と思いたい。
だから、捕捉するために、ビデオのように、前後を繋げた写真が必要なんだと言うことだと思う。
出来事は、一部分だけ切り取れない。
戦争も、そこにいたる始まりがあり、戦争があり、戦後と復興がある。
すべてはインスタでみんなが実践していること何だと思う。

本は文庫サイズで手軽に見れるサイズ。勝ってみるのも良いかと思いました。

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