チーズはどこに行ったのか

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みのむしクリップ

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主に電気関係で仕事をしてきたけれど、気が付いたとき、日本の電機の会社ってほとんどなくなっていた......... そんな需要のない今を 日々生きています。

[チーズよりケーキがいい]

経済モノの本って、誰が読むためのモノかを考えてしまう。
誰もがその応用が出来る様な地位にいないし、作業をしていない。
サラリーマンにはあまり意味が無いと思う。自営業の人の方が
意味がある。

啓発本「チーズはどこに消えたのか」
チーズを探すメンバーとして、人が二人、ネズミ2匹が登場する。
おなかを空かした彼らは、毎日、チーズを探して旅に出るけれど、
ネズミはいつも無作為にチーズを探し、
人はチーズ探しに腰が重い。
探す時にもくだくだと文句を言う。
しかし、人はチーズが出現する法則と効率的な入手法を考え、
ネズミよりも楽にチーズを探す。
チーズの出現ルールが適応される場合でも、ネズミは前と変わらず
チーズを探して、探し方を変えない。
人は体労働で、裕福に暮らし、ネズミは生きる事ができるチーズを
見つける毎日。
やがて転機がやってくる。
チーズが出現しなくなったのだ。

それでもネズミは同じようにチーズを探して、違う場所で
チーズを見つけているようだ。
人は、今までの場所になかったことを悔やみ、もうダメだと思う。
そのうち、一人はネズミと同じように新しい場所にあるかも
しれないチーズを求めて旅立つ。
と言う話し。
つまりは、何時までも失敗に嘆いていないで、
成功に向けた次に挑み続けなさいと言うことが、本の意図らしい。

なるほど。
でも、ネズミ目線では平常運転で、常に何も変わらない毎日。
人だけが、勝手に楽をして、勝手に怠け、勝手に挫折を感じて、
勝手に運命の選択をした・・・って事にも見える。

伝えたいことは、
「変化に柔軟に対応しろ」と言うことかもしれないけど、
安定期に全体の置かれている状態を見通す事が今の社会の
進行なので、やっぱりこの本はすでに古いのだと思う。

でも、市場の変化に柔軟に対応できる様に言われるとき、
引用される場合もある。
それだけ、売れたのかもしれない。
とはいえ、人の気持ちを良く表している。
ネズミのように全部の場所を調べることから
始めたはずなのに、効率的で楽になると、空いた時間を
無駄に使い潰してしまう。
元の非効率な方法には、未知を見つけるという力が
あることを知っていながら、それを行わない。
はじめから複合的に行えば、幸せは長く続いたはずだ。

それに、そもそもチーズがないことからの出発なので、
「チーズが無い」ことを嘆いても仕方がない。
この点は欧米社会の考え方なのかもしれない。

アジア系はそう言う事で、嘆く人は少ないと思う。
生きてきた環境の違いなのかな。
種族ごとにそう言う意識の違いや傾向があるのか、
知りたいところだ。

ところで、
無いことになれてしまった人は、何に嘆くと
良いのだろうか。
対策として新しい事にも動けないし。
まあ、じっとしていることが一番なのかも。

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