AIは行動を求めているのか?

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みのむしクリップ

みのむしクリップ

主に電気関係で仕事をしてきたけれど、気が付いたとき、日本の電機の会社ってほとんどなくなっていた......... そんな需要のない今を 日々生きています。

一時youtubeで話題になったロボット映画の続編が公開になっていた。
なんか最近、いくつかの映画が公開されては短時間で終了ってふうに、めまぐるしく進行している。もっとゆっくり上映しても良いかな。

秋に一週間ぐらいで終了した「アップグレード」という映画があった。
最近には珍しく、90分台の長さの映画だ。だからストーリー展開も早い。
もう公開も終わったから、ネタバレ路線で良いと思うけど、ストーリーは攻殻機動隊や銃夢の漫画の中で出てくる人の脳と脳チップの関係の話だ。
脳も脳チップもいずれも人の体を動かすのはどちらかという話しだけど、この話は自由に動ける人の体が欲しいと思った脳チップ(電子部品)が、人の体を乗っ取る話しだ。
どう乗っ取るかというと、人の脳には楽しい思い出を見せ続ける。人は苦痛から解放され、永遠に夢の中の住民に。そして脳チップが人のすべての行動についての器官を支配すると言う話し。すべてのストーリーが体を必要とした脳チップに組み立てられていた。
なかなか興味深い。
心や身体的な苦痛から、人は解放されるので、悪い話ではない。
結局の所、脳が幸せならそれて良い。
映画「マトリックス」の世界だってそうたろう。
脳の中ですべてを手に入れる妄想で十分なのだ。

人は自由を求めるけど、それって脳の欲求で、脳が自由だと感じたり楽しいと思う世界だけなのかもしれない。脳だけで「自由という概念」は成立する。想像だけで自由ではないというこだわりは、脳にはないのだ。だまされたらおしまい。
それを支える体は、二次的な思い出作りに移動したり、好きな人といちゃついたり、という行為を行う器官なのかもしれない。
快楽って脳だけでクローズ出来てしまう。想定が出来ない相手の動きも読む必要は無い。自分が欲しい答えや欲しいことをしてくれる。
脳の空想の中では。
今はまだ、触っている事や食べている感覚をだまして脳に伝えられないので、脳は触感や味覚としての器官が脳にはまた必要なのだ。
でも、体はタダそれだけの存在。

最近、若者の恋愛離れが広がっていると言う。
(何でもかんでも『XX離れ』とか表現して、問題の様に見せるのは良くないのだけど、それは別な時に。)
でも、脳基準の考え方で言うと、脳は自由になろうとしている気持ちの表れだとも言える。相手のいない自由な空間を得ることが出来るのに、考え方が違う人の中から、自分に合った人を選んで付き合う。
ロジカルな脳にとっては、それに意味を見いだせないと思う。
相手を見つけなきゃいけない理由は、動物としての子孫を残す行為で、脳が望んだロジカルな世界では全然ない。
『なにゆえ、自分の利点にならない相手を喜ばせる必要が有るのか。』
『それは遺伝子を残すだけの目的か。』
『俺は全く楽しくない。』
脳は、きっとそう思っているはずだ。
まあ、大抵、脳の思念に逆らって、真逆な事をしているし、それによって家族という幸せを得て、脳が喜ぶかもしれないのだけれども。

ただ、この選択は、脳がどちらを選ぶか、人によってあり得ること。
精神的に進化した現代人には、恋愛に興味が無いこともあるだろう。
脳は、動物の繁殖から開放されているから。

ただ、機械やAIの方が自分が扱えない物に対して興味があるかはわからない。
同じようにロジカルな思考なら、自分を嫌う人と無理に近づく選択をするだろうか。今のところ、プログラムという『枷(かせ)』が、AIや機械が人をケアするように仕向けられてはいるけれど。

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