セミになる

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超私のりこ

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「JK文学」と評される乱暴な日常のキリトリが売りの第2期取締役。
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夏になると
セミの声をきいて
その寿命の短さに同情したりする。
そんなに短い人生のなかで
うるさい、と言われて
他の昆虫から嫌われることなんか
どうだっていいことだ、そうだろう?
そういう歌を作って歌ったりもする。
人間も、そんなに寿命が短かったら
別に洋服なんて着て恥じらっている場合じゃないし
文化へのプライドなんてものもない。
犯罪に手をそめまくって
トイレも野ションでいいわけだ。
いろんなことを考えすぎるくらいなら
みーんみーんと言っていたほうが賢い。

しかし私は先日暑さに耐えかねて
日傘を買ってしまって
家の中でもひとりになると
ひっそりと日傘にはいっている。
そうすることで
自分のテリトリーを守って生きることに
価値を覚えた。

日が出ているとか、出ていないとか、
そういうことではない。

夏をどう生きるか、自分を貫くってなにか。
そういうことを
セミにまなんだ。

蛍光灯のあかりでも
しっかりと光をブロックする日傘の中にはいると
自分が本当は暗がりが好きなことに気がつく。
それからしばらくしていると
手や目がつかれてきて
雨がやんだ、と言って
日傘を閉じる。
そうしてしばらくしてまた開く。
それを何度も繰り返していくと
あるいは向こうから悟りがやってきそうである。

そんな毎日にようやく変化が訪れた。
いつもの友達がスシローに行こうというのだ。
35度をらくに超える酷暑の日だった。
この友達が前回スシローに行こうと言ったのは
雪がこんこんと降っていた夜だ。
スシローは、過酷な気象条件になると連れて行かれる
特別なフィールドであるかもしれなかった。
いざスシローに行くと
連休を利用した家族連れが
汗まみれでぎゅうぎゅうに座ってる。
しかし友達はものともしない
いつもどうりのバイタリティあふれる喋り方で
職場の話をかましている。
それをみていたらふと、
セミみたいだな、と思った。
セミの好きな樹液を持った木に
私は迷い込んだにちがいなかった。
店内はすごくうるさかった。
そんな中でスシに集中する。
セミもこんな風にして
無心に飯を食うだろうと思った。

食欲もわかず千円分も食べなかった。
私も他のセミに負けないように
残りの夏を生き抜こうとちかい
夕陽を日傘でバリアし帰路につく。


日傘は外で使おう!

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