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#31
「アハハハ。無駄だよ。フィレンチェ。こいつはオレにも驚かないんだから」
「そうなのか?」
「それより大地を悪魔にするのは止めてくれないか。一応僕はそいつのクラスメートなんだ。このまま悪魔にさせるのは寝覚めが悪い」
「そうか。でも、残念だがそう言う訳にもいかない。これがワタシの務めだからな」
真っ白なフィレンチェはまるで人間の様な表情をした。
#32
「人間は悲しい。どんな目に遭っても人でいなければならないのだから。でも、悪魔は違う。自由だ。なら人でいられなくなった希望を見失った人間を悪魔にしてあげるのが悪魔の務めだろ?それに……」
「それに?」
「もう手遅れだ」
大地が悪魔になるのに残り時間は五分を切っていた。
#33
「大地! 僕の声が分かるか!」
「もう高校生か……。(洋一とは幼稚園の頃から一緒だったな)」
『大地。野球やらない?』
『大地。中学行っても野球やろうぜ!』
『大地。目指すぞ、甲子園!』
「野球なんてやらなければよかった。(そうすれば親友のままだったのに)」
「大地!」
「フフフ。ついに悪魔になるぞ」
#34
「どうしたらいいんだ?」
「じゅう」
「きゅう」
「はち」
「なな」
「ろく」
「ご」
「よん」
「さん」
「に」
#35
「(俺はもう駄目だ。野球も失った。親友も失った。もう生きてる理由も見当たらない。なら洋一の所に行くのも……)」
「いち」
もう時間がない。
このままだと大地は飛び降りる。
何かに意識をそらして正気に戻さないと。
「大地! 洋一は助かっ――」
その時、僕の声をかき消す様に屋上の出入り口が開いた。
『大地。何下ばっかり見てるんだよ』
「洋一?(何で……ここに?)」
「ぜろ」
#36
だが、それは洋一ではなく、数学の先生、須藤だった。
「『大地。何下ばっかり見てるんだ』 危ないぞ!(こんな遅くに何してるんだ?)」
大地は目をこすり、見直したがやはり洋一ではなかった。
「先生……。(今のは何だったのだろう? 確かに洋一の声だった。幻聴?)」
「いいから早くこっちに来なさい。(たく、たまたま屋上を見たら大地がいたから驚いたわ)」
大地は柵の内側に転がり込んだ。
#37
「ジートゥ。お前が何かしたのか?」
「アハハハ。オレは何にも」
「なぜ悪魔にならない?」
フィレンチェも友達にいきなり水をぶっかけられた様な顔をした。
「そう言えば、洋一が誰かに刺されて意識不明の重体らしいぞ。俺はこれから病院に行くがお前たちも気を付けろよ(こんな事している場合じゃない。急がないと)」
「なるほど。死んでなかったのか」
フィレンチェは一人笑みをこぼす。
「俺も連れてってください(このままだと俺がやった事がバレてしまう)」
「構わないが親御さんにはちゃんと連絡しておくんだぞ。(仕方ない。大地は洋一と仲が良かったからな)」
#38
三人はタクシーを飛ばした。
「どうですか? 洋一の具合は?(明日の授業は自習にした方がいいかもしれないな)」
病室の前にはスーツ姿の男が二人立っていた。
「先生ですか?(後ろの二人はクラスメートかな)」
「はい。担任の須藤です。(警察手帳!?)」
「今は眠っていますが思ったより軽傷らしいですよ。それより伺いたいことがあるのですが(一応話は聞いておくか)」
須藤と警察が場所を変える。
そんな中、大地の唾をのむ音が聞こえた。
二人は物音を気にしながら中へ入る。
すると洋一がまるで人形の様に眠っていた。
#39
「寝ている様だね」
「ああ。それより遥人、席を外してくれないか?(とりあえず遥人をどうにかしないと……)」
「わかった」
遥人は暗い廊下に出た。
「これで俺と洋一だけだ。(やるなら今しかない)」
大地はポケットからナイフを取り出した。
#40
「アハハハ。良かったのか? アイツら二人きりにして」
「起きてたみたいだからね。後は二人に任せよう」
遥人はラウンジに向かった。
「洋一。お前が悪いんだぞ……」
大地が息を殺しながらベッドで寝ている洋一に近づく。
それを洋一は止めた。
「そうだよな。俺が悪いよな」
「起きてたのか……」
「ああ。でも仕方なかったんだ」
洋一は上体を起こした。