生き方を教えてよ – vol. -06 [異端的な考えは異端なのか]

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みのむしクリップ

主に電気関係で仕事をしてきたけれど、気が付いたとき、日本の電機の会社ってほとんどなくなっていた......... そんな需要のない今を 日々生きています。

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何かを考え、行き着く先の結果は、なぜか相手から見て不快にうつる。
共感を得られない。
考えていくうちに極論になりすぎ、世の中の持つ二面性を否定してしまう。
車は危ないか、危なくないか。
危ないけれども、使うと便利、という二面性のまま留めておけば、
車は便利だね、で終われるけれど、
でもやっぱりキケンだねって発言すると、途端にブルーになる。
そこまでは求められていないという境目が、判断できないのだ。

「社会にうまく溶け込めないのは、脳の病気のせいです。」
最近、そう言う表現も出てきた。
病気のせいだから、周囲が注意しないといけないとか。
ADHD, PTSD……仕方が無いんです、よりは、普通の中の
一人として存在したい。はず。
自分は病気なんだろうか、違うのだろうか、基準はどこに??
そういうことが、ぐるぐると回り始める。

病気として認定をした方が良いのか、そうしない方がよいのか、
一体、どこに向かうといいのだろうか。
そもそも、そんなことを考えること自体が、だめなのか。

そもそも、考えてはいけないのか。

人は何を考えて、どう生きるべきなのか、
そんなことも快活に生きる上では、NGワードなのかもしれない。

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