忘れな草

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Yoshihiro Ashby
繊細で頑丈。質実剛健なタフニート。平成2年生まれ。不定期に投稿。感じるがままに綴ます。
Yoshihiro Ashby

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真理子は空を見つめていた。

もしかしたら、聡太郎が帰ってくるのではないかと思いまた大空を見つめる。

聡太郎は、終戦の半年前に出征しその数ヶ月後に真理子へ手紙が届いたが終戦後になっても帰ってはこなかった。

青い空を見つめながら、真理子は2人で送る幸せな生活を思い描いていた。

この戦局では日本に不利な状況であることも国民は知らず、ただただ祝砲を待ちわびていた。8月15日まではそうだったのだ。

聡太郎は空を舞い活躍した後に真理子の元へ帰ってくると信じていた。

しかし、空から帰ってこなかった。

真理子が聞いたのは、「名誉の死」を遂げたという事だった。

一年前に結婚の約束をしたにもかかわらず聡太郎とは離れ離れになってしまった。

真理子はその後家族の勧めで秀雄と結婚をした。秀雄は軍需産業の会社を経営する実業家だった。

秀雄は、40代にしては若く見える容姿でパナマ帽の似合う紳士だ。

秀雄は、真理子の全てを愛していた。

真理子の誰かへの想いも知りながら彼女を優しさで包んだ。

真理子には何不自由は無かったが、日に日に真理子の心に罪悪感が生まれていったのだった。

真理子は別れるために嫌われるよう仕向けたが秀雄は堪えた。

真理子はこのままでは秀雄の人生を浪費してしまうようにさえ思えたのだった。

秀雄は、真理子にいつも笑顔を絶やさず気を良くした。

しかし、真理子には一寸も届かなかった。

届かない想いも気にしなかった英雄だが、離婚を決心した真理子をはねのけなかった。

「君の幸せのためなら」と静かに泣きながら離婚届に印を押す。

真理子も泣きたかった。

秀雄の時間を取り戻してやりたかった。

秀雄は真理子が誰かを見つめていることに気がついていた。

真理子は今日も帰ってくると思いながら空を見つめる。

「秀雄は私を所有した。だけど、私も聡太郎を所有したかった」

「もし帰ってくるなら、赤飯だって炊いた」

「そのためなら、闇市で小豆と闇米も」

そんなことを何度も考えた。

でも、聡太郎が飛行機に乗ってこっちまで来てくれるような、そんな小さなひとすじの希望を捨てきれずにいた。

「何度も救いの手を掴んでも、きっと離してしまうだろう」

そんな幸薄な人生だろうと結論をつけていた。

真理子は聡太郎を忘れられぬ自分を愛してくれる人を求めていた。

そして、そんな真理子でも時間とともに愛せるような人を求めていた。

昭和二十年六月十三日

真理子へ

本日は快晴なり

この青い空に羽ばたき戦いに身を投じる身支度をし候う

この頃、故郷の花畑は今でも目に浮かびまた林檎を良く分け合って食べたこと思い出し懐かしむ

しばし待ってもらいたい。

この戦い終わればこの皇国勝ち即ち故郷の地にまた戻らん

追伸   君思う 太平洋の 流れ星

香田聡太郎

手紙を大事に抱きしめ今日も空を見つめる。

いつかまた飛行機で戻ってくると信じつつ。

真理子はふつうな毎日を送りたいとも思っていたが、聡太郎は今でも真理子の中で生きている。

「誰も断ち切れない。誰も。」

「私しか終わらせることはできない。」

そんなことは誰よりも痛感していた。

でも真理子の心にはとても大きな割合を占めている現状があった。

このことが真理子の心でいつ氷解するのかわからない。

しかし、空はいつでも透き通っていた。

まるでこれから飛行機雲が描かれるかのように。

今日も聡太郎に宛てた手紙で折った紙飛行機を真理子は彼方に飛ばす。

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