私の真夏の夜の消しゴム

ふと頭の中にメロディーやフレーズがリフレインする現象があるけど、最近はやたらめったら鳥居みゆきの「マサコの!単独!妄想夢芝居!」という声が流れてくる。

調べたらこの現象“イヤーワーム”っていうらしい。

ただ定義的には“歌や音楽が頭から離れない”ことを指すらしいから、セリフの場合は当てはまらないのだろうか。

さらに言えば自分の頭の中の鳥居みゆきは特に粘着することなく、サッと現れてはフッと消えていく。

 

最近はたまに塾のバイトをしている。

定期テスト対策の繁忙期や、学生アルバイターの急な休み希望に対応する、便利な臨時要員として活躍している。

それにしても少子化の割にうちの教室はだいぶ賑わっているのだが、今どきの子育てはやはり基本的に塾に通わせて当たり前みたいな風潮なのだろうか。

教育というのは人間誰しも興味があってそれぞれ特有のこだわりがある、みたいな意見を聞いたことがあるが、それにしては塾通いは未だに定番化しすぎだろうと思う。

昔であれば普通の家庭であっても月数万円の価値があったのかもしれないが、各種サービスが発達&多様化した現代にその金額はどうなのか、と思いながら時給をもらっている。

 

先日のハニーキティさんの投稿に、“どうやら少なからず人間というのは、自分と違う考えなどこの世にあるはずがないと決め付けている節があるとこの頃学びました。”とあった。

まあ確かにそういう人もいるし、でもそうでない人もいるし、でもでも“少なからず”程度には皆そうなのかもだし、自分はそうではないと否定したくもなるけど、これを書いたハニーキティさん自身ですら人間である以上その可能性があるのかと考えると、そういうものなのかあと思った。

そんなどうでもよいことを考えていると子供の頃、人間らしからぬ人間というか、自分が想像しうる範囲を超えている人間に会ってみたいと思っていたことを思い出した。

大人になってやや狭い範囲ながら周囲を見渡してみると、皆、所詮人間だなあという感想である。

それでもやはり、自分と異なる背景と意見を持つ人の考えは実に興味深い。

 

夏至の日、上野の不忍池に行った。

上野公園の方はこれまで何度も行ったことがあったわりに、不忍池の方はほぼ初めてである。

池は予想していた以上にだだっ広く、生えているハスの葉は馬鹿みたいにデカかった。

知人と池の前のベンチに座って、3時間近くひたすらダラダラとしゃべり続けた。

後ろの歩道では外国人観光客とランニングピープルたちが行き交い、横のベンチではどこからともなく集まってきた浮浪なおっさん67人が将棋を打ち始め、目の前の池ではアヒルボートに乗ったイチャイチャカップルが何度も通り過ぎた。

その日の帰り道、地元で田んぼの横を歩いている鴨を発見し、駅ではコインロッカーを見ていたので役満だなあと思った。

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