トナカイと仲良い

先日、付き合いでキャバクラに連れていかれた。

それほど楽しくはなかったが、夜のお仕事をしている人は物事の考え方も結構新鮮で面白かった。

キャバ嬢は煙草を吸っている人が多かったが、喫煙は自分にとっての耳掻きみたいなものなのだろうかと、勝手に想像した。

ちなみにそこで1年ぶりくらいにお酒を飲んだ。

思えば、酒も煙草も女も博打も車も時計も趣味も仕事も金も地位も名誉も権力もあれもこれも積極的じゃなさ過ぎて、なんだろなあという感じである。

以前たかはしよしぴろさんがこのブログで、”無人島に持っていく一冊の本は?”という話題が嫌い、といったことを書いていた。

自分の場合、このテの話題で気に入らないものは何だろうかと考えたとき、以下のテーマが思い浮かんだ。

“この世には二種類の人間しかいない。○○な人間と●●な人間だ。”

勿論、発言を強調するための一種の修飾であることは理解しているものの、そもそも昔から例え話はそれほど好きな方では無いので、”まーたカッコつけちゃって”といった感じで冷めやすい。

しかし先日読んだ本で、ちょっと変わった二種類の人間像が提示されていた。

南に向かう人間と、北に向かう人間である。

筆者曰く、南に向かう人間は生を志向しており、北に向かう人間は死を志向しているらしい。

自分は南に向かいたい人間なので、なるほど自分は生を志向していたのかと実感した。

しかしもしこれが南=死だったとしても、なるほど自分は死を~と、勝手に納得していただろうなあと思った。

関連する話として、寝る前に死について考えていて自己の存在への疑問に恐怖した経験が、誰しもあると思う。

自分も以前何度かその状態になって思わず死ぬことについてググったことがあるが、その中でひとつ印象深い解釈があったことを覚えている。

人間は本質的には死にたがっている、という意見だ。

人間含め動物(有機生命体)は、非常に不安定なバランスで自己という生命を保っているらしい。

そして、不安定な状態のものは物理的に崩壊へと向かうのが道理であるため、人間が死を志向するのはもっともなことだ、というのだ。

自分はこの説に特に賛同はしていないが、一生懸命詭弁を立てて気を紛らわせようとしている感じが、実に人間臭くて好きである。

今日も電車に乗った。

ゴールデンウィークで、いつもよりもたくさんの人たちがいた。

帰宅のラッシュが盛んな日付と時間帯だったので、遊び疲れた様子の数人組も多かった。

それでも彼らの間には、どことなく幸せそうな空気が感じられた。

嫉妬することはないが、それぞれ自分とは異なる人生を歩んでいるんだなあと、いつも通りの感想を覚えた。

駅に降りて少し歩くと、前方に月が見えた。

綺麗に輝いていたが、少し雲がかかっていた。

スポンサーリンク

コメント

  1. yu yu より:

    天晴れざんす
    またよろしくお願いざんす