ストーリーの誰も知らない存在理由?

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たかはしよしぴろ

たかはしよしぴろ

わりかし数理系のダンサー、たまに天文解説。ラテン語から近所の猫まで。新しいものが大好きなので飽きやすい。隠れ古代ギリシャ勢。飲み会はドトールか、モス。前までなりたい職業は、ポプ子だったが、結果として何だかんだいうわりに、最近は、どう見ても肉体労働をしており、「倉庫の2階ロケに先入先出」という高さと重量というアトラクションに翻弄されまくっているらしい。
たかはしよしぴろ

終電を逃して人生ごとドロップ♥ドロップ♥している皆さん、こんばんは。
たかはしよしぴろです。

ぼくが、ずっと思っている不満があるので、
言ってもいいですか?

ダメ?・・・じゃあ言いますね。

映画も、ドラマも、小説もなげーんだよ。

どの作品も正直言って、CDと同じサイズの74分以内で作れと思う。

ぼくの妻には、観てきた映画の(よりによって)ストーリーを延々と話すという、
珍妙なクセがある。

まぁ、いわば認知症の一種である。
だいたい(99.5%)話の内容は、頭に入ってこない。

話している間に、たまにこちらに発せられる質問については、
「わからない」「忘れた」および、その他同義語で答えている。

いや、むしろ4分33秒でまとめろ。

ストーリーを追うのが、相当に苦痛である。
自分が演劇とか、ダンスとかやってた身にも関わらずである。
(できれば、過去形にはしたくないのだが)

  • 映画を観るのが苦痛である。
  • 小説も短編限定にしてくれないかと思う。
  • 演劇も正直言って長い。

どれも、ストーリーを追うという呪縛が課せられているような気がして(あと長い)
観る気にならないのである。

音楽だったら、ずっと聴いていられるし、
ダンスは、筋を追わなくていい。

2時間ドラマや、毎週のドラマなんて、「拷問の一種では?」と思っている。
毎週やるドラマ番組って信じられないことに「忠臣蔵」より長いのだ。

むかし、フジテレビの深夜番組「A・S・O・C・O」でやってた、
1分間で振り返るコーナーで正直、ちょうどよかった。

時代劇も小堺さんがやってた、3分間時代劇でいいあんばいだと思う。

「イ」を観て感動していた時代を思い出そう

みんな初心を忘れていると思う。テレビの最初のころなんかは、
画面全体に出ていた「イ」の字を見て、みんな大喜びしていたのだ。

映画だって、少年のいたずらによって、ホースの水をバシャと浴びるのだけで、
みんなきゃっきゃ、きゃっきゃの大騒ぎ。

観る方にとっては、案外ストーリーってどうでもいいのでは?

作り手は重要視するストーリーだが、
案外、観客、読み手にとっては、どうでもいいのではないかと確信している。
本来、ストーリーは作り手が迷わないための装置にすぎず、
それを観客、読み手への共有を求めてはいけないのではないかと思っている。

・・・って、むちゃくちゃなこと言ってると思ってるでしょ?

でも、が流行る(←わからないように、色加工してみた)って、
実は、こんな理由も多分にあると思ってます。

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