22歳で死んだ話

 

変わったタイトルですが、内容としては思考的ライフハックに近いです。

 

22歳死亡説

私は22歳で死ぬと思っていました。

本当に勝手な妄想なのですが、22歳くらいで自分は心臓が止まって死ぬのだろうと思い込んでいたのです。

誰に言われたわけでも何か根拠があるわけでもない馬鹿げた考えですが、覚えている限りでは小学校の高学年頃からこの考えを持っていました。

そして、この考えを持っていたことで予想外に良いことがありました。

 

第二の誕生

私は22歳で大学を卒業し、新卒社会人になりました。

そして多分そろそろ死ぬのだろうと思いながら、ただ普通に働き続けました。

しかし何事もないまま、22歳を終えました。

そして、23歳の誕生日を迎えた朝のことです。

目覚めると同時に、何か表現できないような、とても清々しい感覚に襲われました。

あたかも新しい自分の人生が始まったかのように感じたのです。

これはすごい発見でした。

これを第二の誕生とするのであれば、自分はその時ちょうど0歳になったということになります。

それはつまり、例えば実質年齢25歳であれば気持ち的にはまだ3歳であり、32歳になってもまだやっと10歳ということになるのです。

 

40歳定年制

以前雑誌かなんかで、日本は40歳定年制を導入すべき、みたいな題の記事を読みました。

定年が60歳から65歳へと引き延ばされ始めている時期だったので、タイトルだけ読むと何言ってんだこいつ、という感じです。

しかしこの記事の要旨はそういった意味ではなく、40歳で一つ目の会社を辞めて、41歳からは転職や起業をしよう、というものでした。

主に若い人が欲しい会社にとっては、終身雇用する必要がなくなることで人件費を減らすことができ、天下り的な出向も減ります。

経験ある人や信頼できる人が欲しい会社にとっては、即戦力の中堅社員を雇うことができます。

人によっては学んだことを活かして起業もできますし、異業種に転職することで複数の専門を持つこともできます。

もしくはそこで数年の長期休暇を取ることも、貯金を元手にアーリーリタイヤすることもできます。

そう考えるとある意味非常に合理的なのです。

 

22歳死亡説×40歳定年制 1

以上二つの仕組みを掛け合わせると、より強力な理論を構築することができます。

第一の人生のリミットである22歳までは、教育によって知識を身に付けます。

第二の人生の23歳から40歳までは、社会に出て経験を積みます。

第三の人生である41歳からは、これまで得た知識と経験を基に、自分の将来を幅広く奥深く展開することができます。

言うなれば基礎、応用、発展と、段階を踏んだ大局的な人生設計ができるのです。

これの凄いところは、第二の誕生で23歳の仮想年齢を0歳とすると、40歳では18歳となり、まさしく成人したばかりになるということです。

つまり、40歳で一区切りをつけて第三の人生を選択するのは、これまたある意味非常に合理的なのです。

 

22歳死亡説×40歳定年制 2

28歳までに結婚して30歳までに子供産んで…みたいな思考はありふれていますが、それらは達成できないとずるずる後ろへ引き延ばされていきます。

一方この二つの理論は達成目標があるわけではないので、長年にわたり思い込んできた年齢がくると同時に、スパッと空気を変えることができます。

また、生まれ変わったら~したい、子供に戻れたら~するのに、といった妄想をよく聞きますが、そういった夢も見事叶います。

それどころか、これまでの知識と経験を持った、いわゆる強くてニューゲームを始めることができるのです。

現実的な若さだけは取り戻すことができませんが、そこは潔く諦めるか、今後の医学の発展に期待だけして固執しないようにしましょう。

 

最後に

22歳死亡説と40歳定年制は、金銭面や家庭面でのライフスタイルの変化もあるので、実際にはうまく合致しない部分も多いと思います。

ただ、考え方としてはなかなか有用な部分があると思うので、興味持った人は是非参考にして欲しいです。

具体的な年齢は自分の都合の良いように置き換えてもいいですし、新しく第四の誕生を65歳とかに設定して長期的に捉えてもいいです。

ちなみに私の第二の誕生がどうなったかというと、この影響かどうかは分からないですが、23歳を迎えた数か月後にはニートになっていました。

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