大学受験と親友の話

1

高校では一切勉強をしないという信念を持って入学しました。

授業は基本的には全て寝て、怖い先生の時だけ教科書を開き何もせず、当てられないようただ下を向いて過ごしました。

宿題や予習も同様にやっていませんでしたし、ノートは一冊たりとも書き終えた記憶がありません。

テスト勉強期間も強い意志を持って勉強を拒み、テストではどの教科も安定して、30点以下。

テストの順位はいつもクラスのビリか2番目あたり。(学年全体ではなぜかこんな自分より下がいたりするので不思議である)

テストが終わるたびに補習講習や再テスト、再々テストに参加。(再々テストで30点を超えなくても、なぜだか知らないがどうにかなっていた)

通知表は10段階評価で平均3.5くらい。(座学はほとんど3で、体育や美術が7だった)

たまに2があり、いわゆる赤点でした。(これもなぜだか知らないが、問題なかった)

こんな成績だったにも関わらず、高校3年生に進級することができました。

詳しくは知らないですが、おそらく出席さえしていればどうにかなる仕組みなのでしょう。

義務教育時代も感じていましたが、学校教育とはなんてガバガバなんだろうかとひしひし感じました。

私は入学時から留年を厭わない姿勢で、もし留年したら退学しようと考えていたのですが、幸か不幸か結果的に高校3年生になりました。

そして、私は留年せずに高校3年生になった場合についても、入学時から考えていたことがありました。

それは、東大に行こうということです。

 

2

私には3年間クラスが一緒だった友人がいます。

3年間ずっとクラスが一緒だったのは唯一彼だけでした。

彼とは出席番号が近く、席がいつも前後に接していました。

私は高校3年間は無為に過ごすことを決めていたので誰とも仲良くするつもりがなかったのですが、彼とは自然と親しくなっていきました。

入学当初、彼は一橋大学に進学し、将来はお金持ちになるのだと豪語していました。

彼は私の後ろの席で、毎日一生懸命に勉強していました。

しかし、彼は絶望的に数学ができませんでした。

そのうち、彼は私と一緒に数学の補習を受けるようになっていました。

そして彼が口にする夢はいつの間にか、早稲田大学に進学し、公務員になって安定的な生活を手に入れることに変わっていました。

彼はいつも私に、早稲田大学合格の人生プランを語ってきました。

彼が言うには早稲田大学は国英社の3教科で受験できるとのことでした。

3教科だけでいいなら、1年もあれば楽勝だと思いました。

そして私は高校2年生の終業式、通知表が渡され進級できることが決まった際、志望大学を東京大学から早稲田大学に変更しました。

 

3

高校12年生の時、学校で模試を3度受けさせられました。

3つのうち2つは偏差値40後半、残り1つは偏差値40くらいでした。

誰よりも勉強をしていなかった自信があったので、自分より下に結構いることが驚きでした。

また、中学までの勉強をしっかりやっていれば、意外ととれるのだなあと思いました。

高校3年に上がる前の3月、私は勉強を開始しました。

部屋にあった漫画はすべて売り払いました。

効率が悪くなると思い、予備校には行きませんでした。

貯金していたお金はほぼすべて参考書に当てました。

8月に東進のセンター模試を受けました。

偏差値は55でした。

9月には駿台ベネッセマーク模試を受け、偏差値60

10月の駿台ベネッセ記述模試が偏差値65

11月の駿台ベネッセマーク模試が偏差値70でした。

誤差±1くらいで、ほぼ綺麗に5ずつ上がっていました。

 

4

センター試験は受けたくなかったのですが、受けさせられました。

はっきりとは覚えていませんが確か英語146点、国語144点、世界史67点だったと思うので、平均7割くらいでした。

早稲田大学を目指しているとは到底言えない点数ですが、センター試験の勉強をしていなかったのであまり気になりませんでした。

過去問は、早稲田大学の第一志望と第二志望のものだけを何度も繰り返していました。

2月、明治大学の情報コミュニケーション学部と、早稲田大学の商学部、社会科学部、教育学部、文学部、文化構想学部を受けました。

明治大学は何の問題もなく、合格しました。

早稲田大学の受験では、第一志望と第二志望の学部では手ごたえを感じました。

その他の学部では、全く手ごたえを感じませんでした。

 

5

合格発表日になりました。

時間になり、ひとり自分の部屋のベッドの上で恐る恐る電話をかけました。

18年間の人生で最も緊張しました。

結果は、補欠合格でした。

第一志望と第二志望、両方とも補欠合格でした。

残りの学部は不合格でした。

喜ぶことも、悲しむこともできませんでした。

昨年度実績では、補欠合格者数は0名でした。

そして進学先が決まらないまま、高校を卒業しました。

後ろの席の彼は、早稲田大学6学部含め、受験校全てに合格していました。

数日後の318日、補欠合格結果発表日になりました。

電話を掛けました。

 

6

合格していました。

第一志望と第二志望、両方の学部に合格していました。

喜び方が分からず、ベッドの上で変な声を出しながら転がりました。

初めて自分の力で、何かを成し遂げた実感がありました。

両親にメールを送りました。

文字を打ちながら、これまで強く意識しなかった両親の様々な気遣いに気が付きました。

心から深く感謝できた気がしました。

彼にもメールを送りました。

本当に喜んでくれていることが分かるほど、はじけた文面が返ってきました。

私も嬉しくなりました。

 

7

大学に入学しました。

大学では、私が入ろうとしていたサークルに彼も入ってきてくれました。

学部は違ったものの、授業にモグりあって一緒に受けることもありました。

私に初めての彼女ができた時には、嫉妬しながらも祝ってくれました。

たくさんの共通の友人ができ、ともに酒を飲み交わしました。

私が就職活動でスーツを着ている横で、彼は高校時代の頃のように公務員試験の参考書を開いて勉強していました。

彼は現在、地元の県庁で公務員として立派に働いています。

私はニートです。

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