それ以上でもそれ以下でもない話

深夜の思い付きで勢いよく書き上げました。

あくまでネタ記事としてお楽しみください。

 

命題

突如、“それ以上でもそれ以下でもない”という言葉に疑問を持った。

本当にそいつは、それ以上でもそれ以下でもない存在なのだろうか。

 

例示1

こういった難しい概念は、例を挙げることで分かりやすくなる。

ではまず、夏目漱石が「私は夏目漱石だ。それ以上でもそれ以下でもない」と発言した場合に、どうなるか考えてみよう。

まず第一に“彼は夏目漱石である”これは間違いなく真である。

しかし第二に“彼は夏目漱石以上の存在でも、夏目漱石以下の存在でもない”これは果たして真なのであろうか。

確かに自身にとっては、自分は自分でしかあり得ないのであるから、彼自信からしてみればそれ以上でもそれ以下でもないため、真に近いと言える。

しかしある人にとってみれば、彼には夏目漱石というイメージ以外にも文豪というイメージがあるかもしれないし、ある人にとっては千円札というイメージがあるかもしれない。

ここで考えなければならないことは、夏目漱石=文豪や、夏目漱石=千円札という等号(正確には包含)関係が、当人たちにとって成り立つか否かである。

“文豪”という要素については、夏目漱石=文豪という両者の認識が成り立っている場合に限り、命題は普遍的に真であると言える。

“千円札”という要素については、夏目漱石側の認識に“夏目漱石≠千円札”としての齟齬が生じる為、この命題は他者→夏目漱石への一方的な真にしかなり得ないのである。

 

例示2

これだけではまだサンプル数が少ないため、命題に対し十分な判断ができない。

では次に、猫が「吾輩は猫である。それ以上でもそれ以下でもない。」と発言した場合について考えてみよう。

上述の推論方法を辿っていくと、“彼にとっても猫であり、他者にとっても猫”であればよいわけである。

しかしここで、新たな問題が生じる。

もしかすると、彼は“猫”であって“猫”ではない可能性があることだ。

つまり、彼は“ネコ”という名前を付けられた“犬”なのかもしれないし、逆に“イヌ”と名付けられた“猫”なのかもしれない。

ということは、彼が“猫かつ猫”であるためには、生物学上の分類の通称である“猫”であると同時に、俗称名も“猫”でなければならないのだ。

これによってひとつ解決できたわけだが、ここでさらにもうひとつの問題が生じる。

彼が「吾輩は猫である。名前はまだない。それ以上でもそれ以下でもない。」と発言した場合である。

この場合、“彼が猫である”ことは基本的に真になるわけだが、飼い主等によって命名がなされた瞬間に、偽になり得るのである。

 

結論

“それ以上でもそれ以下でもない”と発言するためには、

①一人称的視点か、それとも二ないしは三人称的視点か。

②時代や空間の乖離による認識の違いが生じていないか。

③生物学的通称名であるか、それとも俗称名であるか、はたまたそれ以外を指しているのか。

上記の三点を明確に述べることが必須である。

 

課題

未来から来たネコ型ロボットが「吾輩は猫である。それ以上でもそれ以下でもない。」と発言した場合について考え得ることを、それぞれ場合分けをしたうえで簡潔に述べよ。

ただし文章中に一度以上、以下三つの用語を用いるものとする。

たぬき 初期不良 もしも●ックス

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