貧乳の話

以下の文章は、人によっては一部の表現が性的に感じられるかもしれません。

セクハラの意図はありませんが、不快に思われる方がいらっしゃる可能性がございます。

ご了承いただいたうえでお読みください。

 

貧乳と巨乳

世の中には、貧乳好きと巨乳好きがいます。

これまで身近な人を見てきた感じ、童貞は貧乳好きが多く、俗に言うヤリチンは巨乳好きが多いイメージです。

これについて、前者は女性に対して清潔感(美しさ)を求めるのに対し、後者はエロさ(肉体)を求めているのではないかと思っています。

 

貧乳の清潔感

確かに貧乳のように足りなさを持つものは、清貧という言葉に現れるように、清らかな感じがします。

清潔感は処女性にもつながるので、多くの童貞が抱く理想像とマッチしやすいです。

また、私が好きな漫画家さんのひとりに貧乳好きと噂されている方がいるのですが、その方はおでこフェチでもあると言われています。

でこ出しが清潔感の現れだとすれば、ここでも上手く合致します。

 

貧乳の美しさ

また、清潔感に括弧で(美しさ)と書きましたがこれは、貧乳好きは女性を肉体的つまり触覚的な部分というよりも、美しさつまり視覚的な部分により魅力を感じているのではないかということです。

触れることができないから見ることに重きを置くというのも、どこか童貞らしさを感じさせます。

もしこの仮説が成り立つのであれば、貧乳好きは同時に美脚好きである可能性が高いと推測されます。

もちろん、貧乳や美脚は見るよりも触って楽しみたいという意見は否定しません。

 

貧乳と性格

最近漫画などで、貧乳キャラが自身の胸のサイズを気にする表現が目につきます。

貧乳キャラが悩んでいる姿が好きだから貧乳が好き、という世論の現れでしょう。

しかし前述の理論でいくと、貧乳は貧乳であること自体に十分価値があるのであって、貧乳を恥ずかしがる性格に興奮するということは、純粋な貧乳好きとはまた別の分野であると言えます。

ただし、貧乳に性格からのアプローチを試みたことによって貧乳の可能性を開拓・拡大できたことは、むしろ積極的に肯定していくべきです。

 

まとめ

貧乳は巨乳に敗北感を覚えるべき存在でもなければ、悩みの種となる存在でもありません。

その美しさに心惹かれ、時に五感を駆使して楽しみ、時に別の属性と掛け合わせて良さを発見していくような、無限の豊かさを持つ慈愛にあふれた存在なのです。

貧乳はステータスだという名ゼリフは、今後とも色あせることなく強く輝き続けることでしょう。

スポンサーリンク