大学受験物語の話

定期的に、ドラゴン桜やビリギャルといった大学受験モノが流行ります。

最近では某芸能人が青学を目指して勉強していました。

大衆に認知されている、誰でも挑戦できる、仕組みが整備されている、成功・失敗が明確かつ自由に設定できる、頑張ればなんとかなりそう、逆転できそう、といった特徴が取り組みやく受けやすい理由でしょうか。

確かにそう考えてみると、安易にドラマ性が生み出しやすく、カタルシスも得やすい感じがします。

 

ネット上の武勇伝的記事

ネット上でも自慢げな合格体験記があふれており、そこかしこで見つけることができます。

それくらい、受験というのは人生において大きな出来事であるともいえます。

以下に、巷にあふれる大学受験物語の特徴を挙げてみたいと思います。

 

パターン

もともと偏差値がこんなに低かった

テストで何点しか取れていなかった

最初はE判定だった

一日何時間勉強した

効率のよいこんな勉強法を確立した

この参考書がよかった

支えてくれた周りの人に感謝

 

隠れ要素

また、武勇伝にするために意図的に隠されている、もしくは気づかず隠れている要素として、

元からある程度頭がよかった

小中でしっかり勉強をした経験があった

環境が良かった

運が良かった

倍率や平均点が低かった

志望校を変更している

一部の情報だけを載せている

ある教科は得意

私立文系

といったものがあったりします。

これが多いと、怪しさみたいな感じが一気に増加します。

小中で勉強をした経験があった、環境が良かった、運が良かったというのは、主観的には気づかない部分が多そうです。

一部の情報だけを載せているというのはもはや王道ですね。

 

まとめ

批判的記事になりましたが、個人的には人の人生の歩み方というのは結構興味があることなので、こういった大学受験物語は意外と好きだったりします。

ただ、大抵の場合は上記したような隠れパターンが入っているので、読みながら「ああここはどうせ誇張だな」みたいに感じてしまうのも事実です。

でも、誇張が消えると物語性が薄れ、読み物としての魅力も薄まるので、バランスがとても難しいところです。

ドラゴン桜のようなフィクションでさえ突っ込みたくなる部分がありますし、仕方ないですね。

<追記>

先日このブログ記事用に自分の大学受験経験を書いてみたのですが、途中から筆がノッてしまい、だんだんとおしゃれぶった文章になっていきました。

そう考えると、他の人も最初はもしかしたら素直に書こうとしていたのかもしれませんが、ストーリー性が出てくるにつれてカッコつけてしまい、武勇伝チックになってしまったのかなあと思います。

 

最後に

本日は国立大学前期の受験日です。

受験生の皆さま、お疲れさまでした。

合格発表で見事合格を勝ち取られた方は、オレンジデイズな大学生活に期待を膨らませてください。

一方で、全力を尽くしたにも関わらず、残念ながら目標に届かない方もいると思います。

大丈夫です、ニート株式会社があります。

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