バーテンダーの話

純粋なバーテンダーの話ではなく、バーテンダーにまつわる呼称の話です。

ニー株では基本的に社内SNSを通じてコミュニケーションを取り合います。

おそらく想像いただくよりはかなり平和に運用されているのですが、私が取締役に就任してから一度だけ、衝突が起きました。

それが、バーテン・バーテンダー問題です。

 

あらまし

ニー株である日、バーを出店することになりました。

出店に関わる人たちはその話し合いの中で、バーテンという略称を使って会話していました。

そのことで、取締役のひとりが意見を述べました。

曰く、バーテンという言葉はバーテンダーに対する蔑称であり、本職のバーテンダーからすればひどく不快なものであるから訂正するように、とのことでした。

また、仮にも株式会社の取締役という立場なのだから、言葉の成立背景をろくに知らずに、名称を正確に扱おうとしない姿勢は好ましくない。

批判を受け会社の信用を下げる可能性のある発言は控えるべきである、とのことでした。

 

中立派

それに対する意見はいくつか出ていましたが、あまり覚えていません。

基本的にはどの方も、言葉の多様性を擁護し、どちらの立場も認める中立的な立場でした、

問題の対象にあまり接してこなかった人や、対象についての関連知識をあまり持っていない場合などは、呼称のようなものは些細に感じられ、どっちでもよいことが多いです。

現代社会は世界的にも多様性を認めていく方向性なので、この「あれも良い、これも良い」という姿勢は世間一般では好まれています。

実際、何でもかんでも知っているし理解もできるというのは土台無理な話なので、問題に衝突するごとに、異なった知識や意見を吸収していく謙虚さは大切です。

 

バーテンダー派

一方で、対象に深く関わってきた人には、他の人には分からない強いこだわりや信念があるものです。

ただ、その人の発言は徐々に感情的な一方通行感が増していき、議論の余地がないような、中立派を寄せ付けないものになっていました。

別にこれはいい悪いを言っているわけではないのですが、これまでアカデミックな議論をあまりしてこなかったのかなあという印象を受けました。

少し感じたのですが、理由の後付けも違和感のひとつでした。

理由の後付けは、賢い人もそうでない人も意図せずして行いがちなので、気を付けたいところです。

最近では、香川照之が司法試験合格やジュノンボーイ応募の東大理3生の発言に対し、理由の後付け批判をしたというのを見た気がします。(違うかも。)

まあ主張を強めるという意味では、何も悪いものではありません。

 

言葉遊び

バーには長い棒状のもの(この場合カウンターを指す)、テンダーには世話をする人といった意味合いがあります。

テンダー(tender)には同時に、形容詞として柔らかい、優しい、穏やかなといった意味もあります。

詳しい語源や由来などは調べていないので知りませんが、上記を考慮すると、バーテンダーには物腰の柔らかさや、物事を許容できる寛大さが求められているのかなあと思いました。

ただ一時的に役職として就いただけでは、単に称号を得るだけであって、本質的に意味するところの存在にはなれないのかもしれません。

また、言葉は人間社会の中で運用されるため、時間の流れとともに変化していくものです。

そういった意味では、上で書いた職業の本質さというのも絶対視するものではなく、変化していくものだとは思いますが。

中立派は、この言葉の由来や変化についての意見を多方面から挙げていました。

バーテンダー派は、バーテンという蔑称を使う神経が信じられないといった旨の発言を繰り返していたので、そもそも議論の争点の一部が少しずれていたというのもあるでしょう。

悪口

私の意見としては、事物の名称にはそれほど拘らないしどちらでも良いのですが、その呼び方で人が傷つく可能性があるならば極力使わないようにしたい、という立場です。

基本的に悪口を言うことは、相手の寛容性や時間の解決を期待して発言してよいものではなく、傷つけ得る発言をしたその事実自体は、取り返しのつかないことだと思っています。

自分の意見をはっきりと主張する際などは、どうしても悪口と捉えられても仕方のない部分はありますが。

また、会社の信用性を疑われる発言を控えるべきというのは、おおむね同意です。

最後に

あまり知らないですが、唯名論とかとも通じてそうですね。

個人的には、誰かがバーテンダーとサボテンダーをかけた発言をしたのが結構面白かったのですが、白熱しすぎた議論の場ではユーモアですら諸刃の剣になったりします。

あとついでに、議論や問題が起きた時に、当事者の一人でありながら何もせずただ見ているだけの傍観者が批判されることがしばしばありますが、これはどうなのでしょう。

個人的には別にいいのでは、という意見なのですが。

この問題から学ぶことは多くありますが、どんな場合であれ、相手への配慮は大事にしたいです。

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